高垣直尚(兵庫県立大学大学院工学研究科 機械工学専攻)
海洋表面を通しての運動量・スカラ輸送機構に関する研究
(a) N. Takagaki, S. Komori, N. Suzuki, K. Iwano, T. Kuramoto, S. Shimada, R. Kurose, and K. Takahashi, “Strong correlation between the drag coefficient and the shape of the wind sea spectrum over a broad range of wind speeds”, Geophysical Research Letters, 39, L23604 (2012).
(b) N. Takagaki, S. Komori, “Air-water mass transfer mechanism due to the impingement of a single liquid drop on the air-water interface”, International Journal of Multiphase Flow, 60, pp. 30-39 (2014).
(c) N. Takagaki, R. Kurose, Y. Tsujimoto, S. Komori, K. Takahashi, “Effects of turbulent eddies and Langmuir circulations on scalar transfer in a sheared wind-driven liquid flow”, Physics of Fluids, 27, 016603 (2015).
大気・海洋の流れを扱う環境流体力学において,海表面を通して行われる運動量・熱・物質の輸送過程は正確な評価が難しい問題であるが,高垣直尚氏は気液界面付近の微細な乱流構造の実験計測等を通して運動量・スカラー量の輸送機構を解明する研究を続けてきている.
同氏は,まず,海上風速70m/sにも相当する海況を模擬することができる大型の台風シミュレーション水槽を設計・製作し,この装置を用いて,高風速の環境下で起こる風波気液界面を通した運動量輸送の機構を解明する研究を行った.このような極限状況下の実験では,液滴が飛散することなどの理由で正確な測定には困難を伴うが,壁面に付着する液滴の除去方法を考案したり,位相ドップラー流速計を使用して粒子の大きさで条件付けする手法を用いるなど,卓抜したアイデアと高度な技量でこの問題を解決し,レイノルズ応力等の乱流輸送量を直接測定することに成功した.また,この測定から導かれた知見も非常に重要なものである.従来,風波気液界面に働く抗力の指標となる抗力係数は,超高速の条件下でも風速に対して単調に増加すると考えられていたが,実際には飽和してほぼ一定の値にとどまることが見出された.最近の観測でもこれを支持する結果が得られている.台風のシミュレーションにおいて,大気と海洋との間における運動量交換は,台風の発達に大きな影響を与える重要な過程であるため,強風下における運動量輸送の正確な測定結果と,そこから導かれる運動量輸送の評価法は,台風の強度予測に極めて大きなインパクトを与えるものである.
同氏はまた,気液界面を通してのスカラー輸送機構の解明の研究でも成果を上げている.降雨シミュレーション装置を使用したガス吸収実験により,液滴が液面に衝突する際のスカラー量輸送を調べる研究を行ったが,PIVと,RGB分離法を利用したPLIFを巧みに用いて,液相側で渦が形成される様子やそこに二酸化炭素ガスが巻き込まれる過程を可視化することに成功し,渦輪により気液間の物質輸送が促進される表面更新機構をはじめて明らかにしている.風波気液界面でのスカラー量輸送におけるラングミュア循環流の二次的流れの影響を,直接数値計算によって詳細に調べた研究も含めて,これらのスカラー輸送機構を解明した結果は,二酸化炭素の乱流輸送量予測などを通して,環境評価の高精度化にもつながるものと期待される.
同氏は,継続して精力的な研究活動を行っており,今後更なる研究成果が期待できる.以上より,高垣直尚氏は,今後の流体力学の発展への顕著な貢献を期待できる若手研究者として竜門賞にふさわしい.