野口尚史(京都大学大学院工学研究科・助教)
海洋中の層状微細構造の実態と形成・発達機構に関する研究
(a) Y. Nakamura, T. Noguchi, T. Tsuji, S. Itoh, H. Niino, and T. Matsuoka, “Simultaneous seismic reflection and physical oceanographic observations of oceanic fine structure in the Kuroshio extension front,” Geophys. Res. Lett., Vol. 33, L23605 (2006).
(b) T. Noguchi and H. Niino, “Multi-layered diffusive convection. Part 1. Spontaneous layer formation,” J. Fluid Mech., Vol. 651, 443–464 (2010).
(c) T. Noguchi and H. Niino, “Multi-layered diffusive convection. Part 2. Dynamics of layer evolution,” J. Fluid Mech., Vol. 651, 465–481 (2010).
海洋の構造の解明は海洋エネルギーの利用や気候変動の予測などにおいて重要であるが,空間的・時間的スケールが大きいため,実際の観測は非常に難しい.また,かなり細かな構造が大きなスケールでの構造に影響を及ぼす典型的なマルチスケール性をもっている点も研究を難しくしている.実際の観測が非常に限られるため,少ない観測データから現象の本質を抽出し,質の高いモデリングを行うことが要求される.
受賞候補者は,まず,音響トモグラフィー法を応用した新しい手法によって海洋観測を行い,黒潮と親潮がぶつかる広い海域での微細な多重層構造を明らかにした.それによると,10メートル程度の厚さの温度・塩分が一様な層が上下に連なる多層構造(層ごとに温度と塩分が異なる)が水平方向に数10kmにわたって続いている.次に,この多層構造の発生機構を理論的に解明すべく,ブシネスク近似のもとに温度と塩分が勾配をもつ二重拡散系について,線型安定性解析および直接的数値シミュレーション(DNS)を行った.その結果,4つのフーリエ成分の相互作用が層構造の形成に本質的役割を果たしていることを突き止めた.また,それを確認するために,その4つの成分のみに基づくモデル方程式を構築し,それによる解析結果がDNSの結果をよく再現することを確かめた.この層構造においては,時間の経過とともに層が上下に隣り合う層と合体を繰り返して成長していくことが,室内実験によって観測されている.受賞候補者は,DNSによって層の合体の過程を詳しく調べ,それには二つのパターン,すなわち,層自身が薄くなって消滅するもの,および層と層の間の境界面が消滅するものが存在することを見出した.さらに,その原因が乱流によるエントレインメントであると予想するとともに,非対称エントレインメントの効果に基づく簡単な1次元モデルを提案した.このモデルがDNSの結果をよく再現することからこの予想が正しいと結論付けている.
以上のように,受賞候補者は,難しい研究課題に対して実際の観測,モデリング,安定性解析,直接数値シミュレーションを補完的かつ最大限に活用することによって,現象の本質を解き明かした.また,得られた結果は,海洋学的・流体力学的に重要で,これらの分野における今後の発展にも大きく貢献することが期待される.