長津雄一郎(名古屋工業大学大学院工学研究科・助教)
Viscous fingering の反応性流体力学の実験研究
多孔質媒体内や微小間隙の平行平板間(ヘレ・ショウセル)に存在する高粘性流体中に低粘性流体が侵入する場合、流体力学的な不安定性により2つの流体の界面は複雑なパターンを形成する。この現象は、形成されるパターンに由来してビスカスフィンガリングとよばれ、SaffmanとTaylorの先駆的な論文の発表以来50年以上にわたり研究が続けられている。受賞候補者は、このビスカスフィンガリングに及ぼす化学反応の影響を実験的に研究し、反応による流体の粘性率変化の結果、流体界面の示すパターンが、反応を伴わない場合とは大きく異なることを明らかにした。
ニュートン流体に見られるビスカスフィンガリングの特性に関しては既に理解が得られており、最近では非ニュートン流体や反応性流体のビスカスフィンガリングに関心が持たれている。反応性流体のビスカスフィンガリングに関しては、化学種の濃度変化による粘性率変化の影響が数値的に調べられていたが、実験では化学反応により粘性率が変化するビスカスフィンガリングの実現は困難とされていた。受賞候補者は、ポリアクリル酸水溶液の粘性率のpH(水素イオン濃度)依存性に着目することで、粘性率変化を伴うビスカスフィンガリングの実験に成功した。受賞候補者の実験では、ポリアクリル酸水溶液と水酸化ナトリウム水溶液をそれぞれ高、低粘性流体として用い、両者の中和反応による高粘性流体の粘性率上昇が実現された。また、水酸化ナトリウムを添加したポリアクリル酸水溶液と塩化水素水溶液を高、低粘性流体とし、高粘性流体の粘性率低下も実現された。受賞候補者は、これらの高、低粘性流体を用いた実験によって、ビスカスフィンガリングのパターンが、反応により粘性率が上昇する場合には密になり、低下する場合には疎になることを明らかにした。さらに、ポリエチレンオキシド水溶液と塩化銅(Ⅱ)・塩化鉄(Ⅱ)水溶液を高、低粘性流体として用いることで、反応速度を有限とした化学反応による粘性率低下の影響を調べ、上述の反応速度が速い場合とは逆にビスカスフィンガリングのパターンが密になることを示し、また化学反応によりゲルを生じるポリマー水溶液を用いた実験で、ビスカスフィンガリングのパターンが形成されないことも示した。
以上のように、受賞候補者は独創的なアイディアに基づいて、化学反応による粘性率変化を伴うビスカスフィンガリングの実験に成功し、反応の影響によりそのパターンが大きく変化することを示した。反応性流体力学の実験研究への受賞候補者の寄与は高く評価され、今後流体力学の新しい研究領域の開拓に大きく貢献するものと期待される。