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受賞者および選考理由(2007年度)(1) 

掲載日:2008年9月24日

受賞者:

後藤 晋氏(京都大学・大学院工学研究科・機械理工学専攻・助教)

対象論文:

(a) Susumu Goto & Shigeo Kida: “Reynolds-number dependence of line and surface stretching in turbulence: folding effects,” J. Fluid Mech., 586, 59-81 (2007),
(b) Susumu Goto & J. C. Vassilicos: “Self-similar clustering of inertial particles and zero-acceleration points in fully developed two-dimensional turbulence,” Phys. Fluids, 18, 115103 1-10 (2006).

選考理由:

乱流には熱や物質の輸送を大きく促進する働きがあり,輸送係数などの統計的性質が古くより研究されてきた.一方近年の大規模な数値計算によって乱流の秩序構造が詳しく調べられ,微細な管状渦が普遍的に見られることがわかってきた.受賞者は流体線と流体面および慣性粒子群のふるまいに着目し,秩序構造の多重スケール性が乱流の輸送混合において重要であることを示した.

乱流は大小さまざまなスケールの渦から構成されている.最小のスケールはコルモゴロフ長と呼ばれ,乱流エネルギーの散逸が卓越する領域である.半径がコルモゴロフ長程度の微細な管状渦は強い旋回と近傍の強い歪みを伴うため,乱流の輸送混合に中心的な役割を果たすと考えられてきた.流体の混合現象を理解するには,流体線と流体面のふるまいを調べることが役に立つ.流体線と面は常に同一の流体粒子の集合で構成される線と面であり,3次元流れでは流体面が流体を二つの領域に分ける境界面になる.乱流中では流体面が指数関数的に伸長され面積が急激に増大し,乱流の強い混合作用を示唆する.その流体線と面の伸長はコルモゴロフ長の管状渦が支配し,伸長率の統計は管状渦の旋回時間のみに依存する,すなわちレイノルズ数によらず単一のスケールで記述されると考えられてきた.しかし受賞者は一様等方性乱流の数値計算を行い流体線と面の構造を詳細に調べ,伸長率はレイノルズ数とともに増加することを示した.微細な管状渦による伸長だけでなく線や面の折り畳みが重要であり,その折り畳みにはすべてのスケールの渦が寄与するため伸長率がレイノルズ数に依存することを明らかにした.

一方,流体中を浮遊する重く微小な粒子(慣性粒子)群のクラスタ形成は,雲中の雨滴の成長など粒子の輸送を理解する上で重要な現象である.この現象もコルモゴロフ長のスケールで記述できる,すなわち慣性粒子が管状渦から遠心力で掃き出され渦と渦の間に堆積してクラスタが形成されると理解されてきた.しかし受賞者は2次元乱流の数値計算を行い,粒子群のクラスタも多くのスケールを含む自己相似の構造をとることを示した.

以上のように受賞者は,流体線と面の伸長や慣性粒子群のクラスタにおいて管状渦が支配的に寄与しコルモゴロフ長という単一スケールで理解できるという従来の描像が必ずしも正しくないことを示し,乱流の秩序構造の多重スケール性を考慮することが乱流の輸送混合の理解とモデル化のために重要であることを明らかにした.これらは乱流の構造と統計を結びつけるたいへん興味深い物理的知見である.論文ではこれらの知見を得るのに最適な条件設定と統計量の評価がなされ,緻密な考察と説得力のある議論が展開されている.受賞者は独創性や流体力学への貢献度,将来性において竜門賞にふさわしいと評価され,今後流体力学の基礎分野の発展を推進していくことが期待される.