辻義之(名古屋大学大学院工学研 究科エネルギー理工学専攻)
Yoshiyuki Tsuji and Ikuo Nakamura, Probability Density Function in The Log-Law Region of Low Reynolds Number Turbulent Boundary Layer, Physics of Fluids, Vol.11, No.3 (1999) 647-658
圧力勾配の無い乱流境界層は,最も基本的なシアー乱流として,膨大な研究が蓄積されてきたが,いまだ,対数則やベキ則の平均流プロファイルとレイノルズ数の関係など,基本的な点においても最終的な結論は得られておらず,現在も精密な測定による研究が進められている.本論文において辻氏は,この乱流境界層の対数則領域を,従来のように平均流プロファイルを用いて定義するのではなく,乱れ速度の確率密度関数の関数形がある相似性をもつ領域として定義することを提案した.辻氏はまず,この定義が従来の対数則を導くことについて,Navier-Stokes方程式に基づく解析的説明を試みた.さらに,情報科学で Kullback Leibler(KL)divergence(あるいは相対エントロピー)と呼ばれる量が確率密度関数の相違を敏感に反映することに注目し,詳細かつ豊富な実験データを用いて,確率密度関数形に基づいて対数則領域の成立範囲を精密に評価することに成功した.これらの結果は,対数則導出の理論的部分に検討の余地を残すものの,多くの実験結果をKL divergenceで整理することにより,対数則領域が,確率密度関数がGaussianからわずかにはずれた関数形を持ち相似的に変化する領域として特徴づけられることを示している.これは,従来の平均流プロファイルに基づく同定がしばしば実験誤差の問題を含んでいたのに対し,より客観的な方法で成立範囲を明示することを可能にするものである.辻氏の結果は,新しい手法によって,対数則領域のもつ新しい特性を明らかにしたものであり,結果・手法のいずれの面においても重要性を認めることができ,さらに,今後の 発展を期待させるものとして高く評価することができる.