小原拓(東北大学流体科学研究所)
Taku Obara, Intermolecular energy transfer in liquid water and its contribution to heat conduction:A molecular dynamics study, Journal of Chemical Physics, 111-14, 6492-6500 (1999).
本論文は,液体水の分子動力学シミュレーションにより,エネルギーを伝搬する分子レベルのメカニズムを解析し,マクロな水の熱伝導特性を決定する因子を明らかにしたものである.液体中の熱伝導が分子間相互作用(分子間力の作用による仕事)に支配されている事実に基づいて,個々の分子が他の分子との間で行うエネルギー交換現象に着目し,これがどのように集積されてマクロな熱伝導特性を決定するかを解析する独創的な方法が用いられている.まず,分子の併進運動及び回転運動への分子間力による仕事率により分子間エネルギー交換率を定義し,熱平衡状態のバルク液体水に対する分子動力学シミュレーションにより,エネルギー交換率が分子間距離や水素結合など分子間の状態に依存して変化する特性を解析している.次に,このエネルギー交換特性が温度勾配下の熱伝導でマクロな熱流束を構成する分子間のエネルギー伝搬率を支配するとの仮定により,熱流束に対する水素結合の寄与や分子の併進運動・回転運動それぞれへのエネルギー伝搬の割合などを求め,分子間力がトルクとして分子の回転運動に作用することによるエネルギーの伝搬が併進運動に作用することによるエネルギー伝搬に卓越していること,エネルギーが水素結合を伝わって伝播するとの描像は正しくないことなどの結果を得ている.この結果は実際に水分子系に温度勾配を与えて行った非平衡分子動力学シミュレーションにより検証されている.
マクロな熱流体現象を個々の分子間相互作用に分解して再構成する本論文の手法は,流体の粘性を決定する運動量の輸送など他の輸送現象の解析や,例えば気液・固液界面における輸送現象など連続体方程式が適用できないミクロ現象の解析にも有効であり,近年のナノサイエンスの発展に対応してミクロに拡張された新たな流体力学を確立することに多大な貢献をなすものである.