応募時点で本会会員で 2023 年 3 月 31 日において 40 歳未満であり,流体力学の発展に寄与した論文を査読のある雑誌に発表し,独創性と将来性に富むと認められる個人に授与する.
ただし,対象は最近の業績(10 年以内)とし,特定の論文に制限するものではない.すでに論文賞または竜門賞を受賞した者を除く.また,論文賞や技術賞(共著者を含む)と同時には応募できないものとする.
辻 徹郎(京都大学大学院情報学研究科)
熱泳動を用いた微小粒子輸送に関する実験および数理的研究
(a) T. Tsuji, S. Saita, S. Kawano, Dynamic pattern formation of microparticles in a uniform flow by an on-chip thermophoretic separation device, Phys. Rev. Applied, 9, 024035 (2018)
(b) T. Tsuji, Y. Sasai, S. Kawano, Thermophoretic manipulation of micro-and nanoparticle flow through a sudden contraction in a microchannel with near-infrared laser irradiation, Phys. Rev. Applied 10 (4), 044005 (2018)
(c) T. Tsuji, S. Saita, S. Kawano, Thermophoresis of a Brownian particle driven by inhomogeneous thermal fluctuation, Physica A 493, 467-482 (2018)
本候補者は,液体系熱泳動の基礎的理解のため,分子流体の理論・計算とマイクロ流体実験の双方から現象解明に取り組んでいる.熱泳動の実験では,微細加工技術により作製したマイクロヒータや近赤外集光レーザーの光熱効果を用いてマイクロ流体デバイス中に熱泳動の効果が卓越する急峻な温度勾配を形成し,熱泳動を誘起する技術を考案し,粒子に働く熱泳動力の粒子種依存性を利用して,同径の異種粒子の混合液から特定の粒子のみを取り出す選択的粒子輸送に成功している.この成果はマイクロ流体系における新しい粒子分離および濃縮技術への展開が期待される.さらに,分子気体力学の理論的枠組みの応用から,質量が大きいターゲット粒子と質量が小さい流体粒子に対する2成分系ボルツマン方程式に基づいて,ブラウン粒子の熱泳動における質量依存性を説明するための数理モデルを提案している.微小な温度勾配を持つ場に対応した流体粒子の速度分布関数を仮定し,さらに粒子質量比に関してボルツマン方程式を漸近解析することで,熱泳動移動度における粒子質量依存性の表式を得ている.この表式の実験との直接比較には至っていないものの,分子動力学計算との定性的な比較によりモデルの妥当性を検証している.熱泳動の諸特性は理論的に未知な点が多いが,本研究のアイデアはこの解決に貢献でき,化学系・生物物理系分野への応用など,今後の益々の発展が期待できる.さらに本候補者の実験と理論の両面から取り組む姿勢は研究者として高く評価できる.
焼野藍子(東北大学流体科学研究所)
壁乱流準秩序構造に着目した摩擦抵抗低減制御に関する研究
(a) A. Yakeno, Drag reduction and transient growth of a streak in a spanwise wall-oscillatory turbulent channel flow, Phys. Fluids 33, 065122 (2021)
(b) A. Yakeno, Y. Hasegawa, N. Kasagi, Modification of quasi-streamwise vortical structure in a drag-reduced turbulent channel flow with spanwise wall oscillation, Phys. Fluids 26, 085109 (2014)
(c) H. Tameike, A. Yakeno, S. Obayashi, Influence of small wavy roughness on flatplate boundary layer natural transition, J. Fluid Science Tech. 16(1), JFST0008 (2021)
本候補者は,スパン方向壁振動制御による乱流摩擦抵抗低減ついて,DNSにより摩擦抵抗の原因となる縦渦構造を圧力のラプラシアンを条件として位相平均により抽出し,制御によってスパン方向に強制的に傾けられる縦渦にかかるイジェクション(Q2)とスウィープ(Q4)の応力変化を調べている.その結果,Q2が低減するタイミングと振動周期による渦強化のタイミングが重なるときに,摩擦抵抗は最も低減することを見出している.そして,Q2の低減とQ4の増加を定量的に見積もり,縦渦の傾きの遅延がスパン方向速度せん断の加速度により整理されることに着目することで,これまでより優れた摩擦抵抗低減の予測式を提案している.この予測式は,スパン方向壁振動制御機構の説明だけでなく,より広範な制御機構の説明に適用できると考えられる.さらに,微細な波状の粗度分布が平板境界層の自然遷移に与える影響を,DNSにより調査し,遷移が遅延する波長が存在することを示している.その最も効果の高い波長は,TS波と同期する波長から十分離れており,二次渦のペアリングを早期に引き起こし,その後流まで渦の大きさを小さいまま維持する作用があることを明らかにしている.このように本候補者は,壁乱流の秩序構造,摩擦抵抗低減,および境界層遷移に関する研究に一貫して取り組み,それらのメカニズムの一端を明らかにして来ているなど高く評価できる.
Rosti,Marco Edoardo(沖縄科学技術大学院大学,複雑流体・流動ユニット)
The effect of compliant elastic walls on fluid flows
(a) M. E. Rosti, L. Brandt, Numerical simulation of turbulent channel flow over a viscous hyper-elastic wall, J. Fluid Mech. 830, 708-735, (2017)
(b) M. E. Rosti, M. N. Ardekani, L. Brandt, Effect of elastic walls on suspension flow, Phys. Rev. Fluids 4, 1, 062301(R), (2019)
(c) M. E. Rosti, L. Brandt, Low Reynolds number turbulent flows over elastic walls, Phys. Fluids 32, 083109, (2020)
本候補者は,乱流に対する柔軟壁の役割を明らかにするために,粘性を有する超弾性壁面におけるチャネル乱流のDNSを実行している.そこでは,流体領域内の流れはナビエ・ストークス方程式で記述され,固体層内では運動量保存則と非圧縮性条件が課され,これらの方程式は双方向に結合され,1つの連続体として定式化されている.結果として,チャネル内の乱流は弱い弾性であっても変形可能な壁による壁面垂直速度の影響を受けること,また,弾性の増加とともに平均摩擦係数が増加することを明らかにしている.さらに,壁の弾性は,古典的な剛体壁における乱流維持サイクルを大きく変化させ,変形可能な壁の近くに生成される流れ方向の縦渦と低速および高速ストリークを抑制するとともに,ローラーと呼ばれるスパン方向の構造を引き起こすことも見出している.また,これらの結果を拡張し,壁の弾性係数を適切に選択することで,任意のレイノルズ数で非定常カオス乱流のような流れを維持できることを示している.これは,中程度および高レイノルズ数では,乱流変動が壁の振動を活性化し,それが流体内の乱流レイノルズ応力を増幅させる一方で,非常に低いレイノルズ数では,唯一の乱流生成項である弾性壁からのエネルギー入力が壁の弾性とともに増加することに起因するものである.加えて,生物流体力学の観点から流体と構造の相互作用の問題についても検討している.具体的には,弾性チャネル内の剛体粒子による懸濁液のレオロジー挙動を調査し,弾性壁と剛体粒子の相互作用によって引き起こされる懸濁液のずり流動化(shear-thinning)挙動を特定し,これが,チャネル内の剛体粒子に作用する揚力から説明できることを明らかにしている.以上の研究成果は,層流から乱流に渡る,生物流れやマイクロ流れの制御から航空応用に至るまで,さまざまな分野で扱う単相流や混相流への貢献が期待できるなど高く評価できる.