木田重雄(同志社大学・嘱託研究員)
S. Kida: “Steady flow in a rapidly rotating sphere with weak precession", Journal of Fluid Mechanics, Vol. 680, pp. 150—193 (2011).
弱い歳差運動を伴う高速回転球内の非圧縮性粘性流体の運動は,地球内部の対流をモデル化したものとして,とりわけ地球磁場の生成維持機構を説明する目的で,1950年代以降,活発に研究されてきた.弱歳差高速回転と高レイノルズ数の極限のもとでの漸近解析が行われ,球面近傍における境界層を除く非粘性領域の大部分では,剛体回転が得られるが,自転軸から極角でπ/2と2π/3の ‘臨界円' で境界層厚さは無限大になることが1953年に明らかにされた.1963年には,臨界円近傍に,境界層とは異なる厚さと幅を持つ ‘臨界領域' が存在することが示され,そこでの速度場を記述する方程式が導出されたが,その方程式の解は,その後約半世紀の間求められることがなかった.非粘性領域の解については,速度場の陽的な表現が1968年に求められたが,臨界領域での内部解が求まらないため,球内部全域での解を求めることが出来ていなかった.
本受賞論文では,臨界領域における速度場を支配する方程式を解くことに成功し,それをもとに球内全域で滑らかに変化する解を求めることによって,約半世紀にわたって研究者を悩ましてきた問題を見事に解決した.受賞者は,これまで不明のまま放置されてきた臨界領域における速度場の正しい境界条件を求め,それに基づく臨界領域の速度場の数値解析を実行した.さらに,境界層と臨界領域における解を境界条件とする非粘性領域の解を求めたが,その際にルジャンドル多項式が展開関数として適していることを見出し,それを用いた弱歳差高速回転極限での漸近解として,球内速度場の主要項の陽的表現の導出に成功した.
このように,本論文では,半世紀以上にわたって未解決であった難問が見事に解決されたが,その解析は極めて精緻なものであり,他の研究者には成し遂げ得なかった偉業である.本論文は,純粋に流体力学にとどまらず,地球磁場の生成維持機構に関して地球物理学の発展にも大きく貢献したと位置づけられる.選考委員会においても非常に高い評価を得て,流体力学会論文賞に相応しい論文であると判定された.