杉本信正(大阪大学大学院 基礎工学研究科 教授)
N. Sugimoto, M. Masuda, J. Ohno and D. Motoi, Experimental demonstration of generation and propagation of acoustic solitary waves in an air-filled tube, Physical Review Letters, 83,4053–4056 (1999).
高速で走る列車がトンネルに突入すると,トンネルの出口から大きな音が発生する.この騒音を減らすにはどうすればよいかという実用的な目的がそもそもこの研究の発端となった.トンネルの入り口での圧力増加は微々たるもので線形理論で十分であるが,10 kmオーダーの長いトンネルを伝わる中に非線形効果が効いて衝撃波が形成され,それが騒音の原因になる.そこで,杉本氏は分散によって衝撃波の形成を抑えてやろう,そのためにはトンネルに沿って多数の Helmholtzの共鳴器をならべればよいだろうと考えた.ユニークな発想である.Helmholtz の共鳴器というのはご存知の方が多いと思うが,空洞およびそれと外部とをつなぐ細い管路(スロート)からなるもので,外部から空気が流れ込むと空洞内の圧力が上がり,空気を押し戻そうとする,すると空洞内の圧力が下がり……となって空気の固有振動が生じる.このような共鳴器を圧力波の代表波長より十分短い間隔で並べたモデルを考え,連続体近似を用いて,適切な近似を行った結果,トンネルの体積に対する空洞の体積の比が圧力波の非線形性の大きさと同程度のときに,共鳴器の固有振動数を調整してやれば,衝撃波は形成されず,亜音速で伝わる滑らかな音響孤立波が得られることを見出した.とくに,共鳴器の固有振動数が大きい極限(孤立波の振幅が小さい極限)では,この孤立波はいわゆるKdV方程式で記述されるので,音響ソリトンである.
本論文は,このような杉本氏自身の理論を実験的に検証したものである.用いた装置は長さ7.4 m,内径80 mmのステンレス製の管で,一方の端はバルブを介して高圧室につながり,他方の端は垂直な壁で閉じられている.共鳴器は50 mm間隔で左右に交互に取り付けている.各共鳴器の固有振動数は 257 Hz(粘性効果による補正を考慮すると238 Hz)に選ばれた.共鳴器なしの場合には衝撃波が観測され,共鳴器を取り付けた場合にはほぼ理論どおりの孤立波が観測された.それまで音響孤立波は存在しないと考えられていただけにこの発見は音響関係者,とくに外国で高く評価された.Physical Review Focusや Scienceなどでも取りあげられた.また,この音響孤立波は大きな減衰なしに質量,運動量,エネルギーを運ぶことできるので何らかの熱機関としての応用の可能性を含んでおり,現在も応用を目指した実験が行われている.今後の発展が大いに期待されるところである.