第14回 FDR 賞(2021年 受賞)は,以下の論文に授与することが決定しましたので,お知らせします.
論文題目:Steady flow in a rapidly rotating spheroid with weak precession: I
著者:Shigeo Kida
掲載年・巻・号・論文番号:2020年,第 52 巻,1 号,015513
歳差回転運動を行う楕円体容器内の流れは,地球を含む天体のダイナモの起源を追求するモデルとして古くから注目され,近年では,コンパクトな乱流の生成の観点から研究されている.この研究の端緒を開いたのは Poincaré (1910) が見つけた非粘性流の定常解で,速度が座標に線形に依存する一様渦度状態である.対称軸 (x 軸) まわりの速い回転運動を行う流体が満たされた回転楕円体容器に,対称軸と直交する軸 (z 軸) まわりの弱い歳差回転を加える.歳差が誘起する定常流の渦度ベクトルは,扁平 (oblate) 楕円体では z 軸と平行,扁長 (prolate) 楕円体では反平行である.間にある球体では特別な方向はなく,渦度ベクトルは任意にとれるが,ここでこの解は発散する.Busse (1968) は,境界層効果の取り込みをはかったが,見落としがある.本論文は,境界層の計算を精密に行い,一世紀以上にわたる懸案の解の特異性の問題を完全に解決した.
この問題には3つのパラメータがある.回転楕円体のアスペクト比 c=b/a (対称軸長さ 2b),歳差回転角速度 Ωpと対称軸まわりの主回転角速度 Ωsとの比であるポアンカレ数 Po=Ωp/Ωs,そして,動粘性係数を ν として,レイノルズ数 Re=a2Ωs/ν (>> 1) である.球形に近い回転楕円体に対して,Po << Max(Re-1/2,|c-1|) の領域で,境界層解を構成する.全角速度ベクトル –ω を X 軸とする`剛体回転系'に乗り,楕円体座標系を導入して,非粘性領域での解およびそれと滑らかに接合する境界層解を歳差による摂動振幅 –ε について冪展開の形で構成する.–ω の摂動の3成分が未知パラメータで,球の場合は通常の手続きでは定まらず,トルクの全領域にわたる積分の釣り合いを援用する.圧力,歳差回転によるコリオリ力,粘性応力の3つの寄与がある.Busse (1968) はこの手続きを O(–ε) で留めたが,これでは,角速度の補正項の x 成分 –c があらわれない.本論文では,境界層解をO(–ε2) まで具体的に構成し,そのトルクへの寄与を含めることによって, –c を初めて導いた.この項が無いと,全角速度 |–ω| が正しく求められない.–c は,容器が球形に近いときのみ有意な値をとり,回転楕円体が球を経由して扁平から扁長に移行するときに,摂動渦度ベクトルがどのように z 軸方向正から負に反転するのかを解き明かす.
緻密な論理の積み重ねと卓抜した計算力によって,Poincaré 以来の定常解を完成させた.その解は自然ではあるが,驚きに満ちている.この研究は流れの安定性や乱流遷移など今後に続く研究の土台となるものである.流体力学の基本にかかわる未解決問題を見事に解決した貢献によって,FDR編集委員会は,本論文を第14回FDR賞にふさわしい論文であると決定した.
FDR編集委員長 福本康秀