このたび,店橋護前会長(東京科学大学)の後を引き継ぎ,2025年度の会長を拝命いたしました大阪大学の河原源太と申します.長い歴史と伝統をもち,また私自身言葉に尽くせぬほどお世話になって参りました日本流体力学会の会長を務めさせていただく重責に,身の引き締まる思いです.鈴木雄二副会長(東京大学)をはじめ2025年度の理事会および各委員会メンバーの先生方とともに,微力ながら本会の発展に全力を尽くす所存ですので,学会員の皆様のご支援を心よりお願い申し上げます.
本会の起源は,1956年に設立されました流体力学懇談会にあります.1968年には,当初同好会的な色彩が濃かった懇談会が学術団体として整備されました.その後,1982年に日本流体力学会と改称され,1993年には社団法人化し,2002年の数値流体力学会との融合を経て,2012年に一般社団法人へと移行し,現在に至っています.このように本会は長い歴史を有し,その間諸先輩方の多大なるご尽力により,以下のような特色ある刊行事業や講演会活動が推進されてきました.
1958年創刊の流体力学懇談会誌「流体力学ニュース」,その後継会誌「仮題 流力懇談会誌」,「Nagare」を経て,1982年に発刊されました日本流体力学会邦文会誌「ながれ」は,学会情報や原著論文に加え,若手会員を中心とする編集委員が企画する,時宜を得たテーマに関する特集記事や会員の皆さんの興味をそそる連載記事を掲載する媒体として大いに発展してきました.2016年からは「ながれ」の原著論文の査読がエディター制に移行し,各分野の第一人者であるエディターの先生方から投稿論文に関する貴重なコメントが得られるようになりました.会員の皆様には是非ご投稿いただけたらと存じます.また,1986年には英文論文誌Fluid Dynamics Research(FDR)が創刊され,今年(2025年)40年目を迎えます.FDRは当初Elsevierから発行されていましたが,2009年より出版元がIOPP(英国物理学会出版部)に移行しています.現在,私は海外編集委員7名を含む総勢9名の編集委員の皆さんとともにFDRの編集に携わっており,FDRが英国のJournal of Fluid Mechanics,米国のPhysics of FluidsやPhysical Review Fluidsと並ぶ,流体力学に関する国際学術誌であると自負しております.創刊40年目となる今年の年会では,FDR創刊40周年特別セッションと銘打って,会員の方々にFDRをより深く知っていただき,これからのFDRについてご議論いただく機会を企画しておりますので,奮ってご参加下さい.なお,会員の皆様からFDRへのご投稿もお待ちしております.
一方,本会の講演会活動には,乱流シンポジウム(1969年から開催)等の講演会を前身として1996年から開催されています年会講演会,数値流体力学シンポジウム(1987年から開催),ならびに支部が開催する講演会があります.これらの講演会には毎年幅広い分野から多数の参加者があり,活発な議論がなされています.私は1989年から本会の講演会に参加して参りましたが,乱流シンポジウムにおける厳しくかつ充実した議論が特に印象に残っております.議論を大切にする本会の伝統が,諸先輩方から現在の講演会にも受け継がれています.この良き伝統の次代への伝承に注力したいと思います.
さて,そもそも本会の役割とは何でしょうか?流体力学は,例えば,数学においては3次元Navier-Stokes方程式の解の存在と滑らかさに関する,いわゆるミレニアム問題に関連し,また物理学の未解決問題と位置づけられる乱流現象にも深く関わります.つまり,流体力学には,その長い研究の歳月にもかかわらず,数学,物理学,生物学,天文学など,基礎科学に関わる重大課題が残されています.他方で,地球や生命は空気(大気)や水(海洋)といった流体に覆われ,取り囲まれていることから,流体力学は気象学,航空工学,機械工学,土木・建築工学,船舶・海洋工学,化学工学,医学,農学をはじめとする応用分野における諸課題とも直結する学問です.流体力学を通して,基礎科学上の重大課題(の解決)と諸分野における広範な応用とが結びつけられているとも言えるように思います.そのため,流体力学をキーワードあるいは共通言語として,基礎から応用までの幅広い学問分野から多くの研究者や技術者の方々が本会に参画され,ときには基礎科学,ときには応用分野,ときには両者をつなぐ境界領域に関して,分野間を横断する情報交換や学術交流が行われてきました.若手中心の学会誌編集や国際的刊行事業と,議論を大切にした講演会とを通じて,分野横断的で多様な話題に関する交流の場を会員の皆さんに提供することこそが本会の役割であり,今後も守り続けていくべき使命であると考えます.
2021年に中堅,若手会員有志により10年後の日本流体力学会のあるべき姿を構想して取りまとめられた提言「Fluid Mechanics 2030」(FM2030)では,本会が掲げるビジョンとして「力学を基盤とするハブ学会」が提案されました.FM2030で示された方向性は,まさに上に述べました本会が担うべき使命を認識して提案されたものだと思います.FM2030は,「力学を基盤とするハブ学会」が取り組むべき具体的なアクションとして,主催講演会の活性化,学会ホームページ・学会誌の情報発信強化,イベント企画,学会賞の授与,学会活動・事業の精査と改善・改革を提言しています.これらの提案を受けて,ここ数年,本会会長,理事会ならびに各委員会メンバーの方々の大変な努力により,年会,数値流体力学シンポジウムでの英語セッションの実施や各セッションへの招待講演の導入などの講演会活性化策が講じられています.また,情報発信強化のため,FDRの創刊40周年特集号が刊行され,現在はICTAM 2024特集号の編集が進められています.学会賞については,新たに「流体力学社会文化表彰」を創設し,一般社会へのアウトリーチも試みられています.学会活動・事業の改善としては,講演会ホームページ運営の外部委託により実行委員会の負担軽減が図られています.さらに,2024年度には店橋前会長のご英断によって学会事務局機能の外部委託も断行され,安定して持続的な学会運営が今後期待されます.
今期は,本会の源流である流体力学懇談会の設立から70年目,またFDR創刊から40年目の年となります.このような記念すべき2025年度には,学会として国際的なイベントを実施し,FM2030の提言でも強調されております本会のさらなる国際化に是非取り組みたいと思います.具体的には,海外から著名な講演者を招いて,先にも述べました年会2025でのFDR創刊40周年特別セッションを開催し,FDRそして本会の国際的発信力の強化を図ります.さらには,流体力学に関連する海外学会との国際連携にも着手し,より多様で包摂的な学術交流の契機としたいと考えております.会員の皆様のご協力を重ねてお願い申し上げます.
最後になりますが,5年間の長きにわたり事務局長として本会運営を支えて下さった進藤重美氏が前年度末にご退任されました.ここに深く感謝の意を表します.今年度からは関西ビジネスインフォメーション株式会社に事務局を委託し,当面進藤氏にも嘱託職員として引き続きご協力いただきます.