本会会員で当該年度末において40歳未満であり,過去10年以内に査読のある雑誌に流体力学に関する論文を発表し,これが流体力学の進歩発展に寄与し,独創性と将来性に富むと認められた一個人に授与される.
松浦 一雄(愛媛大学大学院理工学研究科生産環境工学専攻)
空力自励音の発振機構の解明とその無秩序化に関する研究
(a) Kazuo Matsuura and Chisachi Kato, Large-Eddy Simulation of Compressible Transitional Flows in a Low-Pressure Turbine Cascade, AIAA Journal, Vol. 45, No. 2, pp. 442-457(2007).
(b) Kazuo Matsuura and Masami Nakano, A Throttling Mechanism Sustaining a Hole Tone Feedback System at Very Low Mach Numbers, Journal of Fluid Mechanics, Vol. 710, pp. 569-605(2012).
Kazuo Matsuura and Masami Nakano, Disorganization of a Hole Tone Feedback Loop by an Axisymmetric Obstacle on a Downstream End Plate, Journal of Fluid Mechanics, Vol. 757, pp. 908-942(2014).
幾何学的形状が複雑な流れ場では,低マッハ数流れであっても圧力を介した複雑なフィードバック機構が存在する.この種の流体力学的問題を取り扱うには,圧縮性を考慮に入れた高精度な数値解析の適用が有力な方法である.松浦一雄氏は,精密な圧縮性流れに関する数値シミュレーション手法を基盤として,圧縮性遷移翼列流れにおける音響的フィードバック機構やホールトーン・フィードバック系(円形のノズルあるいは穴から流出した噴流がノズルと同じ直径の穴が開いている下流に置かれた平板を通過する系)における自励発振機構等に明らかにし,さらには水素漏洩リスクマネジメントに卓越した流体力学数値シミュレーション技術を応用している.特に,ホールトーン・フィードバック系における自励発振機構に関する研究では,下流板の穴を通過する質量流量,渦衝突および大域的な圧力波伝播をタイミングも含めて相互に連動する機構として「軸対称スロットリング機構」という新たな自励発振機構を解明している.また,直接的あるいは間接的に乱せば効果が期待できるスロットリング機構に重要な特定部位を明確化し,下流板の穴の外側に軸対称突起を取り付けることにより音を低減する画期的なパッシブ制御法を提案し,その有効性を明らかにしている.この研究成果は,3編の代表論文のうち2編にまとめられている.このように,松浦氏は圧縮性流れに関する数値シミュレーション手法を基盤として幅広い分野に研究を展開できる若手研究者である.今後の流体力学の発展に大きな貢献が期待される.
杉本 憲彦(慶應義塾大学 法学部 日吉物理学教室 自然科学研究教育センター)
地球流体における渦からの自発的な重力波放射の研究
(a) N. Sugimoto, K. Ishioka, and K. Ishii, “Parameter sweep experiments on spontaneous gravity wave radiation from unsteady rotational flow in a f-plane shallow water system” J Atmos Sci 65, 234-249 (2008).
(b) N. Sugimoto, K. Ishioka, H. Kobayashi, and Y. Shimomura, “Cyclone-anticyclone asymmetry in gravity wave radiation from a co-rotating vortex pair in rotating shallow water” J Fluid Mech 772, 80-106 (2015).
N. Sugimoto, “Inertia-gravity wave radiation from the merging of two co-rotating vortices in the f-plane shallow water system” Phys Fluids 27, 121701 (2015).
地球流体の力学的特色は,流体が密度成層と回転との重畳下での運動にあり,その端的な特徴を表すものとして,安定成層の復元力に起因する重力波が流体運動の諸相への影響が挙げられる.候補者の対象業績は,この重力波の生成および放射の問題をf-plane上のshallow water equationという非常に簡単な数学モデルを用いて解析を行うことで,問題とする現象を明確かつ単純にしながら,質的理解を大局的に実現したものである.非定常ジェットからの重力波の放出をFord-Lighthillによる漸近解析ならびに直接数値シミュレーションを用いて解析し,その変調を成層(Fr数)と回転(Ro数)に対して俯瞰した上で,定在渦対からの音波の伝播との相似性を援用することで,重力波反射における非対称性の存在を明らかにした.さらに,この非対称性が渦対の融合過程にも観察されることへの確証も与えている.このような知見は,国際的にも活発な議論となっている地球規模の将来気候予測にも持ちられている全球数値気象モデルの高度化を導く.基礎となる方法論は,流体運動の支配方程式に特有の非線形性を備えた偏微分方程式系に対して,Ford-Lighthillによる漸近解析を行い,それを直接数値シミュレーションにより実証する手順に準じている.ある意味では確立されたものともいえるが,現象の本質的な性質の抽出を実現するために必要な手法の適切な選定,さらには,どのような物理系に対して実行すべきか?その問題設定において,候補者の卓越した研究センスが肝要であったことに疑う余地はない.選考委員会でも,対象業績および研究者としての資質に極めて高い評価を得ており,候補者は,今後の流体力学の発展への顕著な貢献を期待できる若手研究者である.