本会会員で当該年度末において40歳未満であり,過去10年以内に査読のある雑誌に流体力学に関する論文を発表し,これが流体力学の進歩発展に寄与し,独創性と将来性に富むと認められた一個人に授与される.
小林宏充(慶應義塾大学日吉物理学教室・教授)
乱流構造に基づくサブグリッドスケールモデルの開発
乱流現象の予測は、流体力学における重要課題のひとつである。ナビエ・ストークス方程式に忠実に乱流を再現する直接数値シミュレーションは低レイノルズ数に限定されるため、高レイノルズ数乱流の数値予測には乱れによる運動量輸送(乱流粘性)のモデル化が不可欠となる。普遍性の期待される小スケール乱れによる運動量輸送にのみモデル(サブグリッドスケールモデル)を適用するLES(Large Eddy Simulation)は、乱流の代表的数値計算法である。受賞候補者は、LESの新たなサブグリッドスケールモデルの開発に取り組み、乱流中の秩序構造に着目した簡潔で安定なモデルを提案し、種々の乱流への適用を通じてその有用性を示した。
最近のLESの標準的なサブグリッドスケールモデルとして、動的スマゴリンスキーモデルが広く知られている。このモデルでは、乱流粘性に関わるモデルパラメターを相似性の要請から動的に決定することで、層流化や壁近傍での乱流粘性減衰を再現可能としている。しかし、動的スマゴリンスキーモデルでは、負の乱流粘性を生じて数値シミュレーションが不安定化するため、モデルパラメターの空間平均化などの人為的操作により負の乱流粘性を回避する必要がある。受賞候補者は、この問題を解決するため、乱流の秩序構造に関連する速度勾配テンソルの第2不変量に基づいた新たなサブグリッドスケールモデルを考案した。乱流の最小スケールには管状の普遍的秩序構造が存在し、秩序構造の周辺においてエネルギー散逸率が高くなることが知られている。受賞候補者は、この描像がグリッドスケールにおいて粗視化された速度場に対しても適用できるとし、グリッドスケールの大きな正値の第2不変量で捉えた構造の周囲でサブグリッドスケールへのエネルギー伝達がなされるものと考えた。受賞候補者のモデルでは、この発想に基づき、慣性系あるいは回転系でのモデルパラメターがグリッドスケールの第2不変量によりモデリングされている。本モデルでは負の乱流粘性を生じないため人為的操作を加える必要がなく、簡潔かつ安定な数値計算が実行可能となる。受賞候補者は、このモデルを種々の乱流のLESに適用し、モデルが動的スマゴリンスキーモデルに匹敵する予測性能をもつことを実証した。
以上のように、受賞候補者が独創的な着想から新たなサブグリッドスケールモデルを発案し、そのモデルが従来の標準的モデルの問題を解決し、かつそれに匹敵する性能を有することを示したことは高く評価される。秩序構造と乱流統計との関連づけは乱流研究の課題のひとつであり、受賞候補者のモデルの成功は、今後の乱流数値予測に大きく貢献すると同時に、この種の基礎研究の糸口ともなることが期待される。
長津雄一郎(名古屋工業大学大学院工学研究科・助教)
Viscous fingering の反応性流体力学の実験研究
多孔質媒体内や微小間隙の平行平板間(ヘレ・ショウセル)に存在する高粘性流体中に低粘性流体が侵入する場合、流体力学的な不安定性により2つの流体の界面は複雑なパターンを形成する。この現象は、形成されるパターンに由来してビスカスフィンガリングとよばれ、SaffmanとTaylorの先駆的な論文の発表以来50年以上にわたり研究が続けられている。受賞候補者は、このビスカスフィンガリングに及ぼす化学反応の影響を実験的に研究し、反応による流体の粘性率変化の結果、流体界面の示すパターンが、反応を伴わない場合とは大きく異なることを明らかにした。
ニュートン流体に見られるビスカスフィンガリングの特性に関しては既に理解が得られており、最近では非ニュートン流体や反応性流体のビスカスフィンガリングに関心が持たれている。反応性流体のビスカスフィンガリングに関しては、化学種の濃度変化による粘性率変化の影響が数値的に調べられていたが、実験では化学反応により粘性率が変化するビスカスフィンガリングの実現は困難とされていた。受賞候補者は、ポリアクリル酸水溶液の粘性率のpH(水素イオン濃度)依存性に着目することで、粘性率変化を伴うビスカスフィンガリングの実験に成功した。受賞候補者の実験では、ポリアクリル酸水溶液と水酸化ナトリウム水溶液をそれぞれ高、低粘性流体として用い、両者の中和反応による高粘性流体の粘性率上昇が実現された。また、水酸化ナトリウムを添加したポリアクリル酸水溶液と塩化水素水溶液を高、低粘性流体とし、高粘性流体の粘性率低下も実現された。受賞候補者は、これらの高、低粘性流体を用いた実験によって、ビスカスフィンガリングのパターンが、反応により粘性率が上昇する場合には密になり、低下する場合には疎になることを明らかにした。さらに、ポリエチレンオキシド水溶液と塩化銅(Ⅱ)・塩化鉄(Ⅱ)水溶液を高、低粘性流体として用いることで、反応速度を有限とした化学反応による粘性率低下の影響を調べ、上述の反応速度が速い場合とは逆にビスカスフィンガリングのパターンが密になることを示し、また化学反応によりゲルを生じるポリマー水溶液を用いた実験で、ビスカスフィンガリングのパターンが形成されないことも示した。
以上のように、受賞候補者は独創的なアイディアに基づいて、化学反応による粘性率変化を伴うビスカスフィンガリングの実験に成功し、反応の影響によりそのパターンが大きく変化することを示した。反応性流体力学の実験研究への受賞候補者の寄与は高く評価され、今後流体力学の新しい研究領域の開拓に大きく貢献するものと期待される。